Shimizu Tatsuo Memorandum
Essay
一枚の写真から
『新刊展望』 (日販刊) 2004年11月号より

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 函館本線にあった上目名という駅の跡をたずねた。なんのゆかりもない、いつごろなくなったかも知らない駅だ。むかしなにかで見た一枚の写真がそこへ行かせた。

 雪に埋もれた山の中の小さな駅だった。積もった雪の上に駅名表示板がかろうじて出ていた。夜行列車待ちをしているのだろう、表示板に明かりがともり、上目名という駅名をぼうっと浮き上がらせていた。それだけの写真にすぎなかったが、なぜかずっと頭のなかに残りつづけていた。列車に乗って通過したことは何度かある。しかし車窓から見る限り、駅があった痕跡は見つけることができなかった。先日たまたま近くを通ったから、この際じかにたずねてみようと思ったのである。

 国道からダートの道を数キロ行かなくてはならなかった。付近に人家はまったくなく、国道の周辺はすべて牧草地。しかしよく見ると、ところどころにサイロの廃墟が散らばっていた。つまりかつては人家があり、人が住み、共同体が営まれていたところなのだ。

 道は途中で通行止めになっていた。あとは徒歩。線路に突きあたったが、それを横ぎってまだ延びている。線路を覆うシェルターが数ヶ所設けてあったが、これは近年のもの。道のほうはいまやまったく使用されていなかった。それこそ熊が出てきてもおかしくない山道だ。一キロほど歩いたところでその道も尽きた。線路際だったから駅の跡へたどり着いたものと思うが、なにも残っていなかった。辺りの路床がわずかにひろくなっていたから、これがホームの跡だろう。心もち空が大きい山間の隙間みたいなところ。いまでは周囲五キロ以内に一軒の人家もなかった。しかしかつてはここに人の暮らしがあったのだ。この道と駅とが、地域の人にとって唯一外部とつながっている道だった。それを頭のなかで思い描いてみた。

 一枚の写真がつきないイメージを与えてくれることはよくある。それを紡いで一編のストーリーができることも。今度の作品『ラストドリーム』も、じつは似たようなモチーフから生まれた。それがなんであったかということは、今回はまだ触れないでおくが。




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